-ドリーマー《序章》-
好きなんだけどな〜…。ど〜しよっかな〜〜〜…。
―――男は悩んでいた。
彼の名は、はたけカカシ。二十六歳、上忍。乙女座のО型。…が大雑把なパーソナルデータであり、今現在、泣く子も黙る『暗殺戦術特殊部隊』通称・暗部出身の『ひよこ上忍師』である。
何故『ひよこ上忍師』なのかと云うと、今春初めて下忍の担当教官になったからである。
夜風に秋の匂いが感じられる様になった八月の終わり。
カカシはふわふわとした足取りで帰路についていた。
「今夜のあの人も可愛かったな〜…」
思い出し笑いをしながら歩く猫背姿はかなり滑稽だ。
彼の云う『あの人』とは、アカデミー教師・うみのイルカの事である。
うみのイルカ。二十二歳、中忍。双子座のО型。前述の通りアカデミーで教鞭を執る一教師であり、『受付の華』と云う二つ名を持つ受付事務のエキスパートである。
…実は。
カカシはイルカの事を以前から知っていた。
荒んだ経歴を持つ暗部連中が挙って褒め称える中忍の受付係がいる…そんな噂を耳にしたカカシは、興味本位に其の時間帯を狙って報告書を提出しに行ったのだが…結果。
…何てこった! この人こそ地上に舞い降りた(オレの)天使に違いないッ!
と、イルカに対顔した直後にすっこーん! と見事に陥落した。
以来何とかしてお近付きになりたいと希っていた処へ、暗部を除隊し上忍師として下忍の認定試験を行う様里の上層部から命が下ったのが二年前の事。
以降昼間の任務報告でも幾度と無く会う事(但・一方的見解)が出来はしたのだが、イルカの親代わりを自負する三代目火影・猿飛ヒルゼンが直ぐ傍で睨みを利かせている状態では話し掛ける事さえ叶わず、涙を飲んで我慢に我慢を重ねていた。
そんな今年の春の事。
問題児コンビ・うずまきナルトとうちはサスケ、そして利発なくの一のタマゴ・春野サクラのスリーマンセルを合格させた直後にカカシは、漸くイルカとの出会いを果たせた。
「今日は、はたけ上忍。私はうみのイルカと申します。アカデミーでナルト達の担任をしておりました。申し送りは此方のファイルに。判り難い事がございましたらいつでも仰って下さい」
そう言って差し出された右手に反射的に王子様キッスをしそうになるのを辛うじて押し止めたカカシは、軽い握手で終わらせた自分を内心褒めた。
一方のイルカは、目の前に立つ里屈指と言われる上忍の男が実はそんな妄想癖持ちなのだとは露程も想像せずにこやかに処々の説明をし始めた。
そんな中、カカシは千載一遇とも云えるこのチャンスを決して見逃しはしなかった。この辺り、流石に腐っても上忍である。
「此方こそ宜しくお願いします、うみのイルカ先生。今回初めて下忍の担当教官になりましたから、色々と御教授頂く事も多いと思います。まあ、気長にお付き合い下されば幸いです」
「はっ、はい! はたけ上忍!」
気取らない人柄を強調しつつカカシがニッコリと笑うと、イルカはそれを面の笑みを返して来た。
うっ、うわ〜〜〜ッ! 可愛過ぎでショ、ソレ!
僅かに覗く顔面をほわん、と桃色に染めながらカカシはぺこりと頭を下げて照れ臭いのを誤魔化した。
そんな春の出会いから此方、カカシは何かと理由を付けてはイルカを食事に誘っていた。初めの頃は遠慮したイルカに断られる事も多かったが、最近では余程多忙で無い限りイルカは誘いに応じてくれた。誘い始めて間も無く、カカシはイルカの事を『イルカ先生』と呼ぶ様になった。
「はたけ上忍、その呼び方は…。私の事は『うみの中忍』とお呼び下さい」
初めて『イルカ先生』と呼んだ時、イルカは慌ててそう言った。
「ええ〜? 如何してですか?」
「如何しても何も。貴方は里を代表する上忍なんですから、一介の中忍である私などにその様な呼称は…」
俯いて小さく零すイルカを見たカカシがふう、と溜息を吐いた。
「あのね、イルカ先生。アナタはオレよりもずっと前から教壇に立っている、言わば教師の先輩なんです。其のアナタに敬意を表すのは当然の事でしょう?」
「ですが貴方は里の誉れと名高い、他里にも名を轟かせる数少ない上忍です。ですから…」
「けどひよこ上忍師には違いないですから」
「…ひよこ?」
「ええ。漸く下忍担当になれた、孵ったばかりのひよこ同然の上忍師ですから。ほ〜らぴよぴよ」
口布を下ろした状態で口唇を尖らせてカカシが言うと。
「…ぷっ」
其れを見たイルカが噴き出した。
「酷いな〜イルカ先生。オレ真剣に言ってるのに〜」
「ああっ、済みません!」
「あはは、ウソウソ。で、イルカ先生って呼ぶ事は了解してくれますか?」
「はい、是非とも」
「良かった! ならオレの事は『カカシ先生』って呼んで下さいね〜」
「えええ! 幾らなんでも其れは無理…」
「無理じゃないですヨ〜ぴよぴよ。呼んでくれなきゃずっとこうしてますからネ〜ぴよぴよ」
「わ、判りました! 判りましたからその、ぴよぴよは止めて下さ…は、あはははは!」
涙目だったイルカがとうとう腹を抱えて笑い始めた。
「良かったです〜ぴよぴよ。…これからもヨロシクね、イルカ先生」
そう言ってカカシが右手を差し出すとイルカは坐り直し、はにかみながら其の手を取った。
「此方こそ、至らない処もあるかと思いますけど宜しくお願いします…カカシ先生」
この日以来、カカシの呼称は『はたけ上忍』から『カカシ先生』に変わったのだ。
*
イルカと居酒屋で別れた後カカシは酔い覚ましの散歩を終え、今は自宅ベッドに寝転がっていた。幸せ気分でうつらうつらと舟を漕いでいると間も無く意識は沈んで行った。
…暫くすると。
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