inconnu : 「No Way No Return」






-酷い男-



「処女じゃなかったんですね」
 腰の下に負担が掛からないように上半身を起こしたところで、片手を横から捉えられた。
 隣で肩肘立てて寝そべる男にゆっくり視線を落とす。
「手、離してくれませんか」
 不快感を隠すことはしないが、別段取り乱すこともない。
「そういうカカシさんこそ、いかにも経験があるような言い草ですね」
「えー? オレは処女ですよ」
「そっちじゃないです」
「ああ、突っ込むほうって言うのなら、経験がないわけじゃないですけれどねー」
 さすがに童貞じゃないですよ、と抜かす男にほとほと呆れ果てた。
『話の通じない男』
 まさに、この言葉がぴったりしっくり合うのが目の前の男――それがカカシさんだ。
「あなたが男に対して免疫があるんだってことを言いたかったんです」
 男相手にそんなにがっついて、と俺はベッドに背中を預けながら天井を向いた。
「んー? それってオレの過去が気になるってことですか?」
「いえ、全然」
「オレは気になるけどね。イルカ先生のこと」
 何もかもすべてがね、と含み笑いを浮かべながら言うカカシさんは、俺の体に足元からじりじりと乗り上げてきた。
「っ、重いです」
「イルカ先生のこと、もっとよく知りたいなぁ」
 確かに、カカシさんはオレのことなど何にも分かってはいない。
 いや、別に分かってもらわなくてもいいのだが。
「知らなくて結構です」
「セックスまでしちゃった仲なのに?」
「セックスしかないでしょう? そもそも今の一回だけです」
「一回だけじゃないよ。出したのは多分――」
「そういうのを減らず口って言うんですよ」
 俺達を繋げているものなんて、体しかない。ああ、でも交じり合ったのは体だけではなく互いの精液も唾液もか、などと、俺の腹に撒き散らされた白濁やてらてら光る唾液の筋道を見て、ため息を漏らした。
 今も下半身から漏れ出そうとしているカカシさんの吐き出したものを、これでも必死で漏れ出さないように力を混めているのに、うっかり弛緩してだらりと尻の間に垂れ流してしまいそうなのだ。
「ちょっとシャワー貸してください。気持ち悪いから早く洗い流したいんです」
「えーつれないですね。オレはこんなにも優しくしているのに」
 優しくされたところで、絆されることはない。
 俺達は、体だけの関係なのだから。
 今も。
 そして昔も。
「どうしたの? そんな泣きそうな顔しないの」
「――誰が泣きますか」
 カカシさんの指が、俺の頤を掴んで上を向かせる。忍なら誰でもそういう反応を示すだろうが、無防備になった首筋に、俺は体を硬直させて強い視線を向けたつもりだったが、カカシさんの眼が反対に緩んでいくところが憎たらしい。
 もう、お願いだから構わないでくれ。
 これ以上踏み込むことの出来ない俺のことなんて、そっとしておいて欲しいのに。
「嫌だ嫌だ、そんな顔させている奴って誰なんだろう?」
「そんな顔って」
「やっぱりオレ、かな?」
 カカシさんの視線と声から逃れたくて、俺は視線を落として両手で耳を塞ごうとするが、こめかみにカカシさんの柔らかな唇が押し当てられた。
 不覚にも顔が熱くなっていく。みっともなく高潮しているところなど見られなくない。下を向きつつ
 もそっとカカシさんを盗み見ると、やはりカカシさんは笑いを浮かべながら俺から視線を外さない。
 カカシさんの笑顔やその優しさは、すべて罪だ。
 そしてそれに抗えない俺は、もっと罪深い男。
 でもカカシさん、あなたのせいで俺は――。
「かわいい」
「かわいくないです」
「やっぱりかーわいい! そんな憎まれ口を叩くイルカ先生が、かわいーんです」
 俺の官能を否応なしに引きずり出す唇が、首筋の柔らかいところを伝っていく。
「――――っ」
 頭の中ではいつも警告しているというのに、この裏切る体が恨めしい。
 いつかこのぬくもりも、与えられる快楽も、ささめかかれる愛の言葉だって。
 きっと全部、夢になる。
 だから、そんな不確かなものは二度といらない。
 きっと受けなくてもいい傷だって痛みだって、襲い掛かってくるだろう。
 俺が、欲しいもの。
 そして信じるもの。
 それは揺ぎ無い――。
「ね? どうしていつも不安がっているの?」
 まるで俺の心を見透かすように言い放つカカシさんの眼には、一体俺はどう映っているのだろう。
「だから、オレが傍にいてあげるって言っているデショ?」
 どの口がそんなことを言う?
 過去というクモの糸に捕らわれ続けて、ようやく奇跡的に抜け出せたと思っていたのに、なぜまた同じような罠を仕掛けようとするのか。
 あなたのせいで。
 あなたが今ここにいるから、俺は不安定になる。 
 そう糾弾出来る勇気が一ミリでもあったなら。


 どうか通りすがりでいいから教えてくれないか。
 何も語らず何も訊かずに、ただカカシさんが与えるものを無情なまま受け入れる俺と、俺の意思など全く無視して俺の領域に土足で侵入してくるカカシさん。
 果たしてどっちが酷い男なのだろう?




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